日記

低クオリティの弁当、本の感想、ときどきDA PUMPについて

出産について3(誕生)

1、2の続きです。

 

分娩室に入ったのは午前9時ごろ。「今日中には産まれますね」と宣告されていた。それから1、2時間でお産は順調に経過し、つまり痛みはどんどん増していき、「いきみたい」という感覚が芽生えてきた。「股からスイカ」とまでは言わないが、今風に表現すれば、海外のおみやげによくある小さなラグビーボールくらいのものが、体の下の方にあって、力を入れればひり出すことができそうだった。というか、陣痛が明らかにいきみを誘発してくる。痛みが来ると、自然と体に力が入り、いきんでしまう。でも、まだいきんではだめなのだ。

 

子宮口は8cmまで開いていた。これが10cmにならないと、胎児の頭が通ることができない。だから、「子宮口開き待ち」という時間が発生することになる。この間はいきみたくてもいきめない。痛くて自然におこなってしまう動作をどうにか止めなければいけない。事前に習っていた「ふー、ふー」とは、このときの苦し紛れの呼吸のことだったようだ。さらによく聞く「旦那さんがテニスボールで妊婦の腰やお尻を押す」も、痛みが来たときにいきみ欲から気を逸らさせるためにあるものだった。助産師さんから方法を聞いた夫は一瞬でコツをつかみ、ものすごく適切に、痛みが来るたびに渾身の力でテニスボールで私を押してくれた。あれがなかったらだめな段階でいきんでいただろう。そうしていたら、どうなっていたのだろうか。昔の人類は「いきみたくても子宮口が全開になるまでいきんではいけない」なんて知らなかったはずで、ではいきんだ者はどうなっていたのか、と少し考えてしまう。

 

私は少しいきんでしまい、そうしたら何らかの液体がどこかから出るような感覚があった。とっさに「漏らしたな」と思ったが違ったようで、でも何なのかわからなかった。あれは破水だったのかもしれないし、血だったのかもしれない。もう本当にわからない。

 

これだけ痛い痛い書いてきたが、実際には、私は「痛い」と言わないようにしていた。あまり騒ぎたくないと思っていたからだ。それでも本当に痛くて、2回ほど、痛い!と叫んでしまった。助産師さんには「今が一番つらいときだから」と言われた。なぜだろう、「またまた、そんなこと言っちゃって」と思った。

 

11時過ぎ、ついに子宮口が10cmになった。「お産の準備を始めます」と言われ、分娩台の角度が変わり、いろいろな器具が載った銀色のトレーが枕元に置かれた。朝会ったのとは違う女医さんが現れた。「ちょっと痛いですよ」と、太い点滴をぶすっと打たれた。全然、何も、痛くなかった。

 

痛みが来たときに思い切りいきんで良くなった。いきむことに集中すれば、あれだけ耐え難かった痛みもさほど痛くなかった。何より出産に終わりが見えてきたのがうれしかった。しかし、いきめばすぐ産まれるものだと思っていたが、甘かった。結構、本気でいきまないと、赤ちゃんは出てこないようだった。痛みが来るまで息を吸い、来たら息を止めて、可能な限りいきみ続ける。そう教わったものの、「可能な限りいきみ続ける」が、陣痛で体力を奪われた私にはきつかった。

 

分娩台には車のサイドブレーキのようなバーが両手の脇に設置されており、それを握ると上手にいきむことができるということだったが、それまで握っていた手すりからバーまでの数センチ、手を動かすことさえしんどい。手すりから手を離して、新しくバーを掴むなんてできないんじゃないかと思った。助産師さんと「手を持ち替えてください」「嫌です!」という無駄な問答をまた繰り返してしまったが、結局意を決してバーを握ることになった。

 

胎児が進んでいる感触も、コツを掴んだ感じもないまま、何度も何度も痛みの波がくるたび、そのときの全力でいきんだ。数分おきに何度もお産の進みを尋ねたが、毎回「赤ちゃんの頭が見えますよ」と言われた。頭以上のものは見えないようだった。なぜか酸素マスクをつけられた。苦しくないんだけどと思った。ピンとこないまま、とにかくまじめにいきんだ。

 

30分ほどそんな事態が続き、突如「次で出しますよ」と言われた。こんなに何も進んでいないのに何言ってるんだと内心思った。かぶっていたタオルについて「さすがにそろそろ取ったらどうか」というようなことを言われた。赤ちゃんを見たい気持ちよりも眩しさを避けたい気持ちの方が強かったので嫌だったが、はぎ取られた。「麻酔を打つのでちくっとします」とか「会陰切開をするので少し痛いです」とか言われて、そういう処置をされた。もともとあまり抵抗がなかったが、なんにも痛くなかった。いや、針を刺されたり何かで切られたりする痛みは当然あるが、そんなものはこのしっちゃかめっちゃかな状況下では、もはや意識すべき問題ではなかった、という表現がいちばんしっくりくる。

 

そして、次のいきみで本当に出産が終わった。赤ちゃんを産んだ、というより、助産師さんが手を突っ込んで引っ張り出してくれた、というような感じがしたが、実際にどうだったのかはわからない。産む瞬間は「ハッハッハッハッ」と呼吸するとよいと何かで読んだことを思い出したので、一応してみたが、もはや特に何の効果もなさそうだった。

 

助産師さんが赤ん坊の首根っこを持ち、私の視界に入れてくれた。泣かなかったらどうしようと心配していたが、赤ん坊は、血まみれの姿で、ものすごく元気に泣いていた。産声は、私には「れー、れー」と聞こえた。その光景はただただ嘘みたいで、これまで感じていた胎動と目の前の赤ちゃんが結びつかず、「本当に人間がおなかにいたんだな」とぼんやり思った。

 

結局、正午になる直前に出産が終わった。分娩時間は6時間という、初産にしてはものすごいスピード出産の安産だった。