日記

低クオリティの弁当、本の感想、ときどきDA PUMPについて

出産について2(分娩室での時間)

1の続きです。

 

車いすで運ばれた先は分娩台のある部屋だった。前日、診察をしてくれた産科の先生が現れてなにか話しかけてくれたが、ひとことも聞き取れなかった。

 

先生はすぐに退場し、分娩台に乗せられ、助産師さんが何人か視界に飛び込んできた。「担当になった誰々です」と自己紹介されたので、人間としての最低限の礼儀をふりしぼって「よろしくお願いします」と答えた。服をはぎとられ、新たに出産用の、よく言えばバスローブみたいなものを着せられた。着せられるときに腰を上げるよう指示されたが、痛すぎてできないと思い、無理ですとお断りした。「着ないとどうしようもないからがんばって」と言われ、どこにどう力を入れたらいいかわからなくなりつつあったが、どうにか姿勢を変えた(最初の固辞の意味のなさ)。ちなみに、分娩台もこの出産用ガウンもピンク色だった。出産してすぐ撮る写真はこの服を着た状態で写るわけで、普段ピンクなんか着ないので、なんとなく嫌だなあと思った。

 

そのとき子宮口の開大は4センチ。起床からは3時間が経ち、9時をまわったところだった。「いきみたい感じはありますか」と聞かれ、「いきみたい感じ」が何なのかわからないが、そういうものはないように思った。しかし、それがあるといよいよ出産間近であると両親学級などで習ってきたので、こんなに痛くて苦しいのに、まだまだ産まれないんだなと悲しく思った。

 

いつのまにか胎児の心拍や陣痛の強さを計測する機械をおなかにつけられており、分娩台から見える場所にある画面に折れ線グラフのようなものが映し出される。それによれば陣痛は4分間隔。「2〜3分になると良いですね」と助産師さんに言われた。これ以上の痛みがこれ以上の頻度で来る。当事者としては良くないに決まっているけど、出産業界では「良い」のだ。いや、当たり前なんだけど。

 

助産師さんが、音楽と香りについて尋ねてくれた。分娩室には好きなCDとアロマオイルを持ち込むことができた。CDは、家を出る直前、DA PUMPのアルバム「BEAT BALL」と「THE NEXT EXIT」をひっつかんできた。アロマオイルはこの日の少し前に、無印良品レモングラスを調達していた。効果は知らないが、通っている美容室で使われていて、好きな香りだった。しかし、あの状況では音楽とか香りとかどうでもよかったし、むしろ邪魔だ、結構ですと思い、そう伝えた。でも「アロマはリラックスできますよ」ということだったので、アロマだけ焚いてもらうことになった。確かに、この最悪な状況下で、好きな香りが確かにあるということは、つらい時間をやり過ごす上でなんとなく励みになった。音楽にもそういう効果があったのかもしれないが、わからない。

 

それにしても、分娩台に乗せられたときの私の体勢が悪かったのだが、右腕の下に枕があって気持ち悪い。気持ち悪いのだが、切羽詰まりすぎていて、これこれこういう状況だからこう改善してもらえませんか、と誰かに頼むこともできない。ずっと同じ姿勢でいるから腰も痛くなってきた。これは陣痛と関係なく、誰もが経験するタイプの痛み。どちらも陣痛の前ではしょぼいことなのだが、私の体力や気力を地味に削いでいた。ただ、部屋の明かりが眩しいのは耐えられず、頭にタオルをかけてほしいと、助産師さんか夫に頼み、そうしてもらった。

 

基本いつも痛い、数分おきにめっちゃ痛いのが数十秒続く、の繰り返しの中で、「めっちゃ痛い」を少しでも楽にするために、以前マタニティ学級で習った呼吸を試すことにした。よく見る「ふー、ふー」というものだ。波が来たときにうまく呼吸ができたら確かに楽だ、そう思い心電図のようなモニター画面を見ると、実は陣痛がそこまで強くなかったりするので落ち込んだ。さらに、つらいと感じた痛みを越えたあとに、答え合わせみたいな気持ちで見た波形が微妙な形だったりもした。精神を安定させる目的で、あまり痛くないときにも「ふー、ふー」と大きく息をしてみたら、助産師さんに「ここで体力使わないでいいですよ」と止められてしまった。でも、「呼吸、うまいですね」と何人かから褒められた。素直にうれしく思う気持ちもあったが、冷静な自分がどこかに残っていて、「これ全員に言っているんだろうな」と思ってしまった。